給食を家に持ち帰って、食べてみました

末っ子の登園しぶり、まだまだ続いています。

週3回の仕出し弁当の給食の日は、やはり行きたくないようです。

それで、親の私も微々たるアクションを起こしてみることにしました。

2週間ほど前のことですが、その日も行き渋り、給食を食べる前に帰りたいというので、


「じゃあ、給食持って帰ってきて、家で食べてみる?」


となかばヤケクソに末っ子に聞いてみました。

すると、


「そうしてみる、、、」


との返事が!

評判の宜しくない業者さんの仕出し弁当なので、一体どんな味なの~!?!?と、前から食べてみたかったという理由もあり、
これはいい機会!と思って、その日は、先生に頼んで給食を持ち帰ってみました。



結論から言いますと、

「意外と美味しかった」

以上!

となります。




以前に別の記事にも書きましたが、完食を目指す先生(クラス)の雰囲気が、末っ子の登園しぶりの原因であって、給食の味そのものが原因ではないと、色々な状況から推測していました。

今回、給食を持ち帰ってみて、その推測が合っていたのかな?という思いです。

だって、末っ子くん、美味しそうにモリモリ食べてました。


ただ、、、、、、


一品だけどうしても食べられないもの(がんも)があり、それだけは、ちょっと口元に持って行ってから、匂いがダメだったようで残しました。

先週、もう一度給食を持ち帰ってみた時も同じでした。(その時は魚肉ソーセージがNG)


・完食カードにシールを貼ること、

・「もう一口がんばってみよう」の先生からの声掛け

この2つをどうにか無くしてもらえたら、という思いを強くしました。



末っ子が前に、「食べられないものを残そうとしても、先生から


『頑張って食べてみよう』


って言われるのがイヤ」と言っていたことがあります。

食べられないものは、どう頑張ったって食べられないですよね、、、大人でも。

私も、鶏の皮や、豚の脂身部分を頑張って食べさせられたら、恐らく吐く(もしくは吐きそうになって涙目で飲み込む)と思います。


給食を持ち帰ったことで、また、新しい気付きがありました。
微々たることでも、子供に寄り添って、アクションを起こしていこうと思います。


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派手にコーヒーをこぼしました

先日、派手にコーヒーをこぼしました。


平日、子供たちは学校と幼稚園に行っている時、家事の合間に、少し休憩でもしようとコーヒーを淹れたときのことです。

coffee_paper_drip.png


コーヒーを濾すカップを上に置いて、お湯をそそぐこんな感じ↑ので淹れました。
(いらすとやさんから画像お借りしました)


ところが、私のずぼらな性格のせいで、上の濾すカップがずれてしまい、お湯を注いでいる最中に、ぐらっと上の部分が倒れて、コーヒーの粉と共に熱湯がこぼれてしまいました。

そして、熱湯が自分の手の甲にバシャリと掛かるわ、シンク横の作業台の上から床まで粉まみれ&お湯まみれになるわ、で、随分な大惨事になりました。大人になってから、こんなにこぼした事は無いかもしれないっていう位の。



「あーあ、、、、、」



手を冷水で冷やしつつ、ぼーっとコーヒーの粉にまみれた作業台を見ながら、ふと、考えてしまいました。



もしも、同じことを子供がやったら、私は子供にどのように声を掛けただろうか?と。



熱湯がかかったので手が熱くて痛いのに、親からこぼしたことをガミガミ怒られている子供の姿が、頭に浮かんでしまいました。。

きっと、私は、作業台を派手に汚されたことに内心不機嫌になりながら(←しかも表情にも出てる)、子供の手を冷やすかもしれないなぁ。そんな私の気持ちを感じ取って、子供はきっとしゅんとなっているだろうなぁ。






いい大人が、子供のような粗相をしてしまって、思ったことは、




「お湯をもっと静かに注ぐべきだったのでは?」


「カップはちゃんとセットされていたのか?」



などの色々な原因探しはさて置いて、


まずは傍にいる人に、自分の手をいたわってほしいなぁ



ということでした。


どうしてそんなことになるの!!!
あぁぁぁ!こんなに汚して!!
もう、これ片付けるのは私なんだからね!

どうやってカップ乗せたの?
あーそれじゃ、ダメだよ!!

こんなセリフを言われたら、すでに、あぁ、やってしまった!という罪悪感を抱いているのに、
やってしまった自分の情けなさが倍増するだろうなぁ、と想像出来ました。

そして、いままで自分はこんな風に、失敗の原因探しをして子供を責めていることがあったな、と思いました。





何も聞かずに


大丈夫?

と一言でいいから声を掛けてもらえたら、、、、


アイスノンをそっと差し出してもらえたら、、、




原因の究明はそのあとからでも遅くはありませんね。
しかも次回につながる前向きな反省会のカタチで。







自分が当事者になって初めて、その気持ちに気付けるという体験でした。




ですが、一歩踏み込んで、



当事者にならなくても、想像力を豊かに、当事者の思いに心を寄せられる人になりたい



そう強く思いました。

大事なのは想像力。








ブログタイトルとは直接関係のない記事でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。

テーマ : ある日のできごと
ジャンル : 育児

ここが日本だからです!

「ここが日本だからです!!」

この言葉は、末っ子の登園しぶりのことで担任の先生と私が話していた時に、その先生から発された言葉です。

これは先生の心の叫びのように私には聞こえました。

どのような流れで先生がこの言葉を言ったのかは、記事の後半で書きたいと思います。





4月に入って新学期が始まりましたね。

うちの3人の子供たちも、新しいクラス、新しい先生になって、緊張気味に通っています。

ちなみに、末っ子の担任の先生は去年度と同じ先生でした。
きっと、私が給食のことで色々相談したので、引き継いで担任になってくれたのだと思います。あくまで想像ですが。

さて、末っ子の幼稚園でも進級式があり、先々週の頭に参加してきました。

春休みがあってしばらく集団生活から離れていたので、忘れていましたが、あー、そうそう、こういう感じだったなぁ、幼稚園って、、、、という出来事がひとつありましたので、書いてみたいと思います。



園の進級式の日は、一通りの式の流れが終わると、最後にクラスごとに集合写真を撮ります。
きっとどこの園でも同じような流れでしょうね。
その時に見た先生と子供のやりとりです。

集合写真を撮るために、まず前列に子供たちが並び、それから子供たちのうしろに置かれた雛壇に保護者が立ちます。
私も2段目の端のほうに立って、撮影を待っていました。

すると、斜め前のほうで、先生たちが2~3人集まって、一人の女の子と話しているのが目に入りました。
その子は私から近いところに立っていたので、彼女の表情が良く見えました。

どうやらその女の子は、園帽子をかぶりたくないようでした。

帽子をかぶりたくない理由は分かりませんでしたが、どうしてもイヤな様子でした。

その子は帽子をかぶることに少しの間、抵抗していましたが、ベテラン先生たち2人くらいで、「大丈夫大丈夫!!!」といってそのまま勢いで彼女に帽子をホイッとかぶせて、「はい、よし!!」という顔をして行ってしまいました。

私は、なんとなくモヤモヤとした気持ちになり、気になってその女の子の顔をそっと見てみると、彼女は下を向いて口をギュッと結んで、今にも泣き出しそうな顔をしていました。

そしてそのまま写真撮影が行われていきました。




こいうった光景は見慣れている光景といえばそうかもしれません。
集合写真を撮るときに、その場に望ましい(とされている)行動をとれない子供は、強制的にみんなと同じになることを求められます。

ですが、見慣れているからといってそれが良いとは限りません。

たかが帽子、だと大人は思うでしょう。
でも、子供にとって、たかが帽子、と思えるでしょうか。

あの女の子のギュッと結んだ口と今にも泣き出しそうな表情。
先生にはそれが見えているのかしら。。

みんなと同じでないとダメなのかな。
帽子をかぶりたくないという、彼女だけの、彼女の本当の気持ちはどこへ行ってしまうのかな。


そんなのただのその子の我儘ではないか?と思う人もいると思います。
だったら私服で帽子のない幼稚園にすればいいと思われるかもしれません。
いちいちそんなことを気にしていては、集団生活を送れないという意見もあると思います。

そのことに関しては、また別の記事で触れたいと思いますが。。。

人は誰でもマイノリティになる可能性があります。
それまでは、みんなと同じでいられたけれど、何かをきっかけに、マイノリティになることもあるでしょう。
自分のお子さんが、今まで平気だったことが、急に平気でなくなることもあるでしょう。

その時に、社会が(子供の場合は、学校や園)それを、「あら、そうなのねー」とおおらかに受け止めてくれるところであって欲しいと思います。
なんか違うぞアイツという視線で判断して、同調することを求めるところであって欲しくないと思います。







冒頭の「ここが日本だからです!」の話に戻ります。

それは、私が担任の先生と話している時に、園の方針で疑問に思ったことがあったので、色々と質問していたときに先生が言いました。

私が先生に聞いていたのは、週3回ある仕出し弁当の給食の日も、家からお弁当を持参してもよいか?ということでした。
給食がネックで登園しぶりがあるのだから、そのネックである給食をお弁当に変えたら問題はクリアになる!と思ってのことでした。

ところが、園の方針としては、給食の日は、みんなと同じ給食を食べて欲しいと言われてしまったのです。
「それ(給食の日にお弁当を食べること)は、うちの園が考える『自由』とは違います」と。。。

モンペと思われると、これからの話し合いが難航するかなと思い、今日は質問するだけに留めよう、と思っていた私は、

「では、うちの子に食物アレルギーはないけど、他の子の手前、アレルギーがあるということにして、お弁当を持ってくるのでは駄目?」(我ながら良い考え!と思ってました)と聞くと

「そうしたら、アレルゲンを除去した給食を食べてもらうことになります」と。。。。

(おーーー、そう来たか!)(なかなか手強い!!)と思って、

「どうして、そこまでみんなで同じ給食を食べさせることにこだわるのですか?」と聞いてみました。

先生を責め立てようと思って聞いたわけではありません。本当に純粋になんで???と思ったからでした。

その時にかえって来た言葉が、この記事のタイトルでもある、

「ここが日本だからです!!」


でした。


こう言われて、私は、それ以上、何も言えませんでした。
心の中で、

あれ、急に「日本」が出てきた、、、
なんだか先生も言いながらツラそう、、、、
みんなで同じ給食食べないといけない理由が、それか、、、、、

と思いました。
肩すかしをくらったようでした。


そして、その言葉を聞いてから、色々と考えていました。
「ここが日本だからです!」ということは、つまり先生も、特にそうしたい(給食の日は全員給食を食べるべきで、お弁当持参はダメ)と思っているわけではなく、なんとなく言っているだけなのかな。。。
そう先生に言わせてしまう「日本」っていうところは、一体なんなのだろう。。。。




そんな時、5年ほど前から愛読しているブログにこんな記事が更新されました。
「友達を作りましょう」の落とし穴  ←クリックするとこの記事のページが開きます
(ブログ名は保育士おとーちゃんの子育て日記。有名なのでご存知の方も多いかと思います。)

この記事の中で、保育士おとーちゃんさんは、よく先生たちが使う「友達を作りましょう」というフレーズを通して、他者との協調を押し付ける学校教育のゆがみを指摘しています。他者との協調を重んじるばかりに、個よりも集団を尊重する教育の傾向が、子供へのアプローチのゆがみをもたらし、不登校やいじめの遠因にもなっている、と。。(私の解釈が正しければ。。。ぜひこのおとーちゃんさんの記事全文を読んでみてください!)


そして、この記事の中に出てくる

「個」を重視せず、「個」を集団に従属するものととらえている見方

という言葉にハッとしました。

進級式の帽子の一件も、みんなで同じ給食を、という一件も、どちらも、個よりも集団を尊重し、個を集団に従属するものと捉える大人側の視点が引き起こしていることなのではないでしょうか。

「個の尊重をしましょう」「みんなちがってみんないい」
先生たちもそれが大事と分かっていながら、昔から綿々と引き継がれてきてしまった「日本」という国の、個よりも集団を重んじてしまう考えに、無意識に縛られているのだと思います。

専門家でなくても、一主婦の私であっても、そのことが分かるのですから、先生がたもきっと、無意識に縛られている自分がいることを分かってらっしゃるのだと思います。






話が横に逸れますが、、、

無意識に縛られている大人を見て、子供たちは育ちます。子供は本当に大人の言動をよく見ています。


ひとりだけ帽子をかぶっていなくても、給食の時ひとりだけお弁当食べてても、元来、子供同士は気にしないと思います。

ですが大人が、「ひとりだけ帽子かぶっていないあなた」「給食の時ひとりだけお弁当食べてるあなた」を意識して、「あなた」を集団に合わせようとする行動や言動をとった時、初めて子供は「帽子かぶらないとダメらしい」「給食のときお弁当だとダメらしい」と認識します。
しかも大抵の場合、その時の大人の言動は、子供の抵抗を許さない雰囲気でなされる傾向にあると思います。
(たとえ言葉使いが優しかったり、笑顔で言っていたとしても)

そして、それを見た子供たちは、その後「帽子かぶっていない子」「給食の時お弁当食べてる子」を見かけると、前に見た大人の言動を意識して行動するようになるのではないでしょうか?
「帽子かぶらないといけないんだー!先生!○○ちゃんが帽子かぶってませーーーん!」
「なんで□□君だけお弁当なのー?」

そしてこれが、保育士おとーちゃんさんのおっしゃる「排除の論理」なのではないでしょうか?
(解釈がまちがっていたらすみません!)

最近上の子の小学校でも気になる事があり、「排除の論理」で考えると納得がいったので書きたいのですが、そうするとこの記事がかなり長くなってしまうので、別の記事にして後日書きたいと思います。

なんだか、最後が横道に逸れて、とりとめもなくなってしまいましたが、いったん終わりにします。

最後まで読んでくださってありがとうございました。





先生の思い その2


前回の記事 先生の思い その1
の続きです。

前回は、実際に岐阜県であった行き過ぎた給食指導のニュースを紹介して記事を書きました。
今日は、その続きとして、どうして児童が吐くほどまでに、先生は厳しい給食指導をしてしまうのだろう?ということを考えてみたいと思います。


唐突ですが、、、


子供が、出来る様になること


ここに注目してばかりいると、教育・子育ては、大人も子供もツラいだけ、になりませんか?

例えば小学生だったら

逆上がりが出来る
計算が早く出来る
授業中じっと座ることが出来る
給食を残さず食べることが出来る
授業中の発言は大きな声で発表することが出来る
友達とけんかをしないで仲良く過ごすことが出来る
先生の話をきちんと聞くことが出来る
授業でいい点を取ることが出来る


幼稚園や保育園だったら

ありがとうと言うことが出来る
友達におもちゃを貸すことが出来る
トイレに失敗しないで行くことが出来る
お箸を使って食べることが出来る
みんなと一緒にお遊戯が出来る
みんなと一緒に大きな声で歌うことが出来る
給食やお弁当を残さず食べることが出来る
廊下は走らずに静かに歩くことが出来る

などなど。


もちろん、出来るようになることは悪いことではありません。
ですが、子供がこれらのことを出来る様になるのは、初めに大人に言われたからではなく、
出来る様になろうという子供自身の気持ちが最初になくてはならないと思います。
大人はその気持ちの後押しをすることしか出来ないのです。
大人の出来ることなどは、本当に少しなのです。

そして、そもそも、その大人の願う「出来る様になること」リスト自体が、子供にとっては、別にどうでもいいものである場合もあります。その場合のほうが多いかな。。という気もします。

上にリストアップしたものも、ほとんどそうかもしれませんよね。。。




タイトルからすこしずれてしまいましたね。


タイトルにある、「先生の思い」、、、、
ニュースになった岐阜県の先生の思いは、「完食出来るよう児童を励ます気持ち」だそうですが、

この先生も、「完食出来ること」という、子供が出来ることに注目した行動をとっています。
そして、本来の先生の思いである「励ます気持ち」というのは、まったく子供には伝わっていないと感じます。
むしろ出来る様にさせなければならない、という強い気持ちだけが子供には伝わるのではないのでしょうか?

完食出来てもいいし、完食出来なくてもいいし、でも、完食できたらいいかもねーーー

のような、肩の力の抜けた先生でいいです。
出来ることを目指さなくていいですから、と言いたいです。


うちの末っ子の園の園長先生の方針は

「楽しく食べられればそれでオッケー!」

だそうです。
担任の先生から聞いて初めて知りました。

楽しく食べる

本当に、そのことに尽きますね。

園長先生のそういうところに魅力を感じて、この園を選んだことを思い出しました。



ですが、その園長先生の思いが、現場の先生方に伝わっていないことを、早急に園長先生に伝えないといけませんね。(私の任務です)


会食恐怖症とは、、

私が、このブログを始めようと思ったきっかけ。

soar(ソアー)というメディアからとても感銘を受けたことが、一番大きなきっかけだと思います。

今の若い人たちは、こんな風に世界をとらえているのか!と、驚きました。
10年間子育てして日々過ぎて行っていた間に、うまく言えませんが、なんだかまわりが変わっているぞ、と感じました。
少しの焦りとともに。

多様性を受容する、というと平たく聞こえるかもしれませんが、
soar(ソアー)のインタビュー記事やコラムを読んでいて、私が一番感じたことはそのことでした。

多様性を受容し、少数派でも生きやすい社会を創る、とは。
少数派のための活動をしている様々な人物や事象に焦点をあてて、私たち読者に優しく問いかけてきます。

この、優しく、というところが、soar(ソアー)の魅力だと思います。
読んでいるひとも、辛くならないように、ほどよく力の抜けた感じ。




そして、、、



先日、そのsoar(ソアー)の最新コラムがUPされていました。
次のようなタイトルです。

「誰かとご飯を食べるの苦手だな」と思ったことありませんか?会食恐怖症を克服した山口健太さんが伝えたいこと

(クリックすると、soar(ソアー)のコラムへいきます)

是非、読んでみてください。
コラムの中盤以降に給食について書かれている箇所もあります。

会食恐怖症に悩む子どもたちの「緊張して食べ物が喉を通らない状況」を変えたい

というところです。

給食を無理に食べさせていると子供が会食恐怖症になってしまいますよ、と脅かしたいわけでは、決してありません。


知ることから始めよう、自戒を込めて。。


プロフィール

Lynnママ

Author:Lynnママ
こんにちは!

同じ悩みをもつ親御さんたちと悩みを分かち合いたいと思って、書いています。

学校(園)や、先生を追求しようという気持ちはありません。

ブログを読んだ感想など、
お気軽にコメントくださいね!
専門家ではないので、ご相談に乗ることは出来ませんが、思いを分かち合いましょう!

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